箱庭世界はガンパレやGTAだけのお家芸ではない

予告された殺人の記録 (新潮文庫)

予告された殺人の記録 (新潮文庫)

●当の殺人のシーンを筆を暴走させずに淡々と、それこそ記録するように書き上げている点に好感が持てた。臨場感に欠けるという意見も出そうだが、かえってそれが不気味に見えたので好し。
●もし物足りないと感じるのなら、それは未解決の謎が一つ残ったままになっているためだろう。
●三人称で書き進めようとする時いつも悩むのが登場人物の名前である。一人称ならその視点人物が初対面かどうかでその人物の名前を初めから明かすかどうか判断できる。
しかし三人称の場合その語り主が特定されていないので、初めから周知の事実として書き記すことに抵抗を感じてしまうのだ。いつお前はそいつの名前を知ったんだ、と思ってしまうわけである。
この小説はその心理を逆手にとって、全ての人物を初めからフルネームで名指ししている。それは大枠として主人公がその町の住人であり、彼らと顔見知りであるからとも言えるが、フルネームの多様はその事実を忘れさせ、さながら三人称小説を読んでいるかのように錯覚させる。また一度登場した人物が反復する物語の中で何度も登場することで、読者自身も彼らと再会し、物語の住人と化すのである。
●一つの町の中で起きた事件を様々な角度から追っていく、読者の興味すら視野に入れて構成された緻密な箱庭世界。閉じられた世界ではあるが、それを感じさせない多くの住人と事件の真相に迫る臨場感、何度も読み返してその構成力に舌を巻くべし。